11年も前の確定判決を取り消したって、ほんと? 2

こんにちは。三谷です。

今回も前回に引き続き民事訴訟法の話をしていきます。前回の記事はこちら

3 公示送達制度
 補充送達は同居家族がいる場合などのものですが、では、同居する家族もおらず、従来すんでいた住所は知っているが、いつのまにか転居して、その転居先が不明の場合はどうでしょうか。その場合も本人が現実に送達書類を受け取らなければならないとすると、送達先が不明ゆえに、訴訟は開始できなくなります。そこで認められたのが公示送達の制度です。


 このように行方不明の場合には、公示送達が可能です(民事訴訟法110条1項1号)。

「住所、居所その他送達をすべき場所が知れない場合」に公示送達が認められるのですが、実はそうではなかったにもかかわらず、公示送達を認めたときはどうなるのかが、ここでの1つの大きな問題です。現在の民事訴訟法施行前には、公示送達をするには裁判長の許可が要求されていたため、たとえ公示送達の要件が存在しなかったとしても、裁判長により許可された公示送達は無効とはされていなかったのです。しかも、最判昭和57・5・27(判例時報1052号66頁;三谷忠之・民事再審の法理336頁以下)などは、公示送達を申し立てた当事者が故意または過失によって相手方の住所を知らないとして公示送達が許可されて判決が確定しても再審の訴えは認められない、としていました(三谷忠之・民事訴訟法講義第3版138頁)。それに対して、大判昭和16・7・18(民集20巻15号988頁)、最判昭和42・2・24(民集21巻1号209頁)や最判平成4・4・28(判例時報1455号92頁)などのように、原告側に公示送達の申立につき濫用がある場合には、被告に控訴の追完を認めるものもありました(三谷忠之「公示送達と再審」香川法学8巻2号201頁以下)。

 それでは、記事の事例は控訴の追完が認められたのかといいますと、そうではないのです。


4 追完の制度

 第一審の判決があり、それに不服であれば、控訴が可能ですが、前述のように控訴期間は判決の送達を受けてから2週間です(民事訴訟法285条)。期間が短いにもかかわらず、期間徒過によって控訴する権利を失って、敗訴判決が確定します。したがって、「当事者がその責めに帰することができない事由」によって、控訴期間を守ることができなかった場合には、その当事者を救済する必要があります。たとえば控訴状郵送後に地震などがあって、道路などが寸断され、郵便が一時期止まって、控訴期間経過後に裁判所に配達されたような場合です。その救済手段が追完という制度なのです(民事訴訟法97条)。ようするに、「当事者がその責めに帰することができない事由」が認められれば、控訴期間内に控訴の提起があったことにするのです。

 しかし、記事の事例は追完を利用したものではありません。そのヒントは、記事にある「無効」です。


5 公示送達の要件がないにもかかわらず許可された公示送達は、有効から無効に

 前述のように、現行法の前の民事訴訟法では、公示送達を許可するのは、裁判長でした。しかし、現行法では、裁判所書記官です(民事訴訟法110条1項)。この違いには、雲泥の差が認められているのです。  この公示送達の許可権者が異なっていますので、従前の公示送達に関する判例を当然に現行法のもとでも通用すると解するのは間違いで、先例の価値を失っているものもあるのです。その意味で、「少なくとも原告が故意または過失によって被告の住所を知らず公示送達を利用した場合については三号による再審を認める方向に態度を変更するよう期待したい」とする考え(民事訴訟法の争点第3版(ジュリスト増刊)307頁2段目)には反対せざるをえません。私の論文を根拠として引用されているのはありがたいのですが、現行法のもとでは誤解に基づく引用といわざるをえないのです。  理由は、現行法のもとでは、公示送達申立人に故意があるか過失があるかに関係なく、公示送達の要件を欠いている場合には、公示送達は無効なのです。「純然たる裁判所書記官の処分となったので、要件を欠く公示送達は不適法にとどまらず、無効として扱われることにな」るのです(中野貞一郎・解説新民事訴訟法23頁)。  つまり、判決の送達が公示送達の要件を欠いた公示送達によって実施された場合には、送達の無効の問題なのであり、事実として判決の送達があっても、訴訟法上は送達の効力が生じていないものとして扱われるのです。送達が無効ですから、控訴期間が進行することもなく、いつでも控訴が可能なのです。したがって、記事の事例では、控訴期間が進行していないのですから追完の必要もなく、控訴できたのです。判決の言渡しはあったのですから、いわゆる控訴期間前の控訴です(民事訴訟法285条但書)。控訴審としては、未確定の第一審判決を取り消して、審理のやり直しのため、第一審に差し戻したにすぎないのです。


6 「訴状が被告の手元に届いた段階で始まる」の意味

 これは、「訴訟係属」のことを示しています。「継続」ではなく、「係属」です。つまり、ある特定の事件が裁判所で判決手続として審理されている状態をいいます。これは、訴状の有効な送達(民事訴訟法138条1項)によって生じるのであり、訴訟の主体である裁判所・原告・被告の三者の関与によって訴訟が成立することを意味しています。訴状の提出だけでは、原告と裁判所しか関与していません。訴状が被告に送達されることによって、裁判所と被告とがつながり、原告から裁判所、そして裁判所から被告というようにして三者がつながるわけです。  したがって、訴訟係属が生じて初めて裁判所は事件の審理に入ることができるのです。審理ができないのですから、判決もできません。しかし、訴訟係属が生じていないことに気づかずに判決を言い渡すこともあります。それが、記事の事例です。
 それでは、訴訟係属のない事件の判決は無効ではないか、との疑問が沸いてきます。判決の内容どおりの効力が生じない判決のことを無効判決といいます。たとえば、婚姻関係のない夫婦間の離婚判決です。戸籍届けを出していない者同士の間の離婚判決は、そのまま放置しておいても、離婚判決上の二人に間の婚姻が解消されるということはありません。そもそも婚姻関係にないのですから。ところが、記事の事例では、800万円の支払いを命じた判決です。当然、強制執行が可能です。訴訟係属が生じていないで言い渡された判決でも、強制執行、すなわち、判決の内容通りの実現が可能です。ですから、形式的に存在する800万円の支払いを命じた判決を取り消しておく必要がでてくるのです。そのため、その判決を取り消すために、記事の事例にあるように、控訴を認め、第一審判決を取り消すのです。あとは、どうなるのかについては、次の項目で述べたいと思います。


7 差し戻された第一審裁判所での事後手続

 訴訟係属が始まっていない、ということから何となく感じ取れるかと思いますが、差し戻された第一審裁判所は、訴訟係属を生じさせるために、訴状の送達から始めるのです。その送達が有効に実施されたことを確認してから、裁判所は事件の本格的な審理を開始します。  訴状の提出すなわち訴えの提起自体は無効ではありませんので、前訴の訴えの提起による時効中断の効力は、そのまま生きています(民事訴訟法147条)。


8 訴状の送達が無効な場合の2つの事例の比較

 前述の補充送達の事例は、訴状の送達は無効でしたが、判決の送達は有効なものでした。記事の事例は、訴状の送達も判決の送達も無効でした。前者は判決が確定したものとして、再審の訴えによる救済手段を認め(より詳しくは、三谷忠之編著・両性平等時代の法律常識108頁以下)、後者は判決が確定していないため、形式的に存在する判決を取り消すために控訴という救済手段を認めることになるのです。もっとも、後者と同じ事例で、再審の訴えを認めたものもあります(2014.3.14 13:33 http://www.yomiuri.co.jp/「提訴されたこと知らず判決確定、地裁が再審決定」)。


9 無効判決と判決の無効の違い

 判決内容どおりの効力が生じえない無効判決という表現が前述の6のところで出てきましたが、判決の無効という表現を使うこともあります。最後にその違いについて説明しておきましょう。
 判決は、言い渡されると上訴や再審の訴えにより取り消されるまでは有効なものとして扱われます。しかし、記事の事例のように、当事者が実質的に関与せずに判決された場合に判決の無効説が唱えられています(三谷忠之・民事訴訟法講義第3版364頁以下)。判決の無効説によれば、再審の訴えなどによる取消しの必要もなく、判決の無効を前提に損害賠償請求などが可能になるというのです。判決理由中には、判決の無効が宣言されるにすぎません。形式の問題ですが、再審の訴えや控訴などによれば、判決の取消しが判決主文で宣言されます。外観的にはどちらがよいか、という単純な問題と思いますが、取消しを宣言するほうが無難な感じがします。  弁護士が勝手に依頼者のために書いた判決(2006.3.6 http://www.asahi.com/「弁護士が判決文偽造、業務停止に「勝訴」の金額は自腹」、2016.6.29 http://www.asahi.com/「判決文偽造の元弁護士に実刑 大阪地裁「知識を悪用」」、2017.7.4 http://www.yomiuri.co.jp/「判決文偽造し依頼者に渡す…弁護士に有罪判決」)などは、もちろん裁判所の判決ではないのですから、判決の無効とか無効判決とかの問題と無関係で、非判決といっています。

今回のコラムはこれで終わりです
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